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「芸術とは、自然が人間に映ったものです。大事なことは、鏡をみがくことです。」
ロダンはそんな言葉を残しています。芸術に限らず。日々の生活=人生。鏡を磨くとは、魂のことでしょうか。見えないものも見るために、曇った鏡を磨きます。

子育て



いのちを育むという、自然にして素晴らしい経験。

なぜ行き詰まっているのだろう?
私たちに忘れたものがあるのだろうか?
見失ったものがあるのだろうか?

未来を託すこどもたちのために
今一度
一緒に考えてみよう



シンプルに

愛と感謝をもって考えているだろうか
愛と感謝をもって、それを行っているだろうか
単純ですが、それが私の、基本原理です。

勉強



子どもたちには、朝から晩まで「勉強しろ」の声が飛びますが・・・あれ、私たち大人は、果たして勉強しているだろうか?と思います。
勉強は、子どもの特権ではありませんし、大人になって勉強から脱するために子どもの頃に勉強を課せられるというものでもありません。
とはいえ、「受験戦争」のために、ともかく、子どもの時代を勉強で「犠牲」にされたとしたら、大人になってまで勉強しようなどという気は起きないかもしれません。勉強の意義が、受験突破であるかぎり。
本来、知性を刺激されることは楽しいことです。知らない世界を知り、見ることは好奇心に訴えかけるものです。残念ながら、この楽しい勉強が成り立っていないのが現実なのでしょう。
大人は、子どもの、社会、世界への窓口になるべきではと考えますが、まずは大人の勉強観を変え、いくつになっても大人自身が学ぶ姿勢が大事ではないでしょうか。だって、知らないことは山ほどあり、知りたいことも山ほどあり。この欲求を大人だからと手放すことは、もったいない・・・と。

夏休み

末期癌のお友達にやさしく寄り添ってる親友がいます。
愛に満ちた人です。

いのちの講演隊のメンバーである弓削田君は、長くホスピスでボランティアを続けています。ある時、彼はひとりの方に「人生ってなんだと思う?」と聞かれました。ホスピスで人生は夏休みのようなものと、ホスピスで長くない余命を過ごしている人たちに接するうち、まさに同じことを考えていた弓削田君にその方がおっしゃったそうです。
「あのね、人生って夏休みみたいなものだったよ。夏休みみたいにあっという間に過ぎたよ。夏休みみたいに、いろんな宿題が出て、いやなこともあったけど、夏休みみたいに友達と過ごして、いっぱい思い出ができる・・・。最後はね、宿題も終わって思い出が残る。だから、弓削田君も友達と一緒にいっぱい思い出を作って、大事に生きていきなさい」。

毎日は絵日記のようなものだろうか・・・ふっとそんなことを思いました。


無償の愛、人類愛などと言いますが、私たちは愛されることで愛することを学ぶ存在。
「愛は辛抱強くまた親切です。愛はねたまず、自慢せず、思い上がらず、みだりな振る舞いをせず、刺激されてもいらだちません。愛はすべての事に耐え、すべてのことを希望し、すべての事に忍耐します。信仰、希望、愛は残ります。このうち最大のものは愛です。愛は決して絶えません」。——聖書の一節。
愛されたら、愛する番です。愛は尽きない不思議なものですから、存分に。
公式サイト
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